Fly me to the Moon

ってタイトル付けて記事書いてしまった(ついに)

緞帳前

「緞帳」(どんちょう):劇場で舞台の最も客席側にあり、お客様の目から舞台を隠し、舞台と客席を区切る、大きな上下する幕(引用http://www.moon-light.ne.jp/termi-nology/meaning/doncho.htm

「緞帳前」:下りた緞帳よりも客席側にある舞台のツラ部分のこと。

 

ではない。

「緞帳前」と言ったら、2019年6月9日東京宝塚劇場千穐楽を迎えた、月組公演『夢現無双 -吉川英治原作「宮本武蔵」より-』『クルンテープ 天使の都』の終演後、当公演をもって退団となる退団者一同の卒業セレモニーも終了し、月組恒例千穐楽大ジャンプという謎儀式*1も終え緞帳が下りた後、トップスター珠城りょうさんが退団者の一人である当時2番手男役の美弥るりかさんを連れて出てきたのちの一連を指す。

2020年4月19日に宝塚専門チャンネルであるタカラヅカ・スカイ・ステージにて、その模様が初めて放送*2された。2019年6月9日当日にはライブビューイングが実施されており、緞帳前の模様も最後まで映画館に配信されていたが、後述する事情により、その部分に関しては放送されないのではないかとファンは危ぶんでいた。

 

緞帳前、放送されました!

良かった!と同時にわたしは思いました。

これ、数年後、何の事情も知らない人が偶然、タカラヅカ・スカイ・ステージで『クルンテープ 天使の都』東京千穐楽・美弥るりかサヨナラショー付きの放送に遭遇してしまい、緞帳前の二人を見て混乱したのちとりあえず「珠城りょう 美弥るりか」で検索をするだろうということを……。「るりたま」?「たまるり」?

まぁいいか、そう、これを読んでいるあなたのための記事です。

 

緞帳前という特別さとは

宝塚に於いて、緞帳前に出てきて客席に挨拶するのは慣例的にトップスターのみで、退団公演にあたる場合のみトップ娘役を伴うことがある*3、ということのようです。

このときの月組では、そもそも2番手男役が退団するということ自体が異例であるからなのですが、緞帳前に登場したのはトップスターと2番手男役でした。袖から二人が登場するとき、珠城さんが美弥さんの手を引いて、美弥さんがつんのめりながら現れることもそうですし、珠城さんが「勝手に私が連れてきて……」と言ったこともそうですが、本来予定されていなかったであろうことが推測されました。

それは、ファンが認識していた慣例が、内部ではもう少し強い制約であった可能性を想像させます。「本来予定されておらず」「制約に違反している」のであれば当然、公式媒体であるタカラヅカ・スカイ・ステージの放送も望み薄だろう、というのがファンの大方の見方だったのではないかと思います。(と同時に、緞帳前の模様まで放送してほしいという要望を送った方も多いと思います。わたしは送りました。)

結果、無事最後まで放送されました。別に制約などなかったのかもしれないし、ファンの要望の方が通ったのかもしれませんが、そこはどうでもいいことです。

 

緞帳前という特別さとは(2)

 何もかもすべて終わった後に緞帳前に現れた珠城さんと美弥さんは、肩の力が抜けていて、朗らかで、終始暖かく柔らかい雰囲気をまとって、存分にイチャイチャしていました。(ほかに何と表現できるのか……)

思えば、2019年1月29日に美弥さんの退団が発表されたときがわたしにとってのはじまりでした。2番手男役の退団というおよそ歓迎されない発表があって、怨嗟と憎悪が渦巻く音が聞こえていたような気がしていました。このブログの前回のエントリーは、その衝撃と混乱で何もかもを見失いそうな自分を守るために書いたものだと言っても過言ではありません。

書いてみて驚きましたが、1月29日だったことを覚えているものなんですね……。珠城さんの退団発表があった日付は覚えていないのに。その点に関しては、ずっと覚悟していたその日が来たということと、そんなことは起きないはずだと信じたかったことが身勝手な期待を裏切ってやって来た、という違いなのだと思います。

そして、控えめに言っても波風が立ったままの状態で月組新トップコンビの大劇場お披露目でもある公演が幕を開け、東京では3番手男役(当時)である月城かなとさんが怪」我で休演、美弥さんもキーを変更しての歌唱になり本調子でないことがわかりました。珠城さんも途中デュエットダンスのリフトをやめ、お芝居でもショーでも一部演出や振付の変更が加えられる事態でした。そして当然、大きな別れを内包したこの公演は、正直、ただ楽しいだけではありませんでした。

それらの複雑な思いをいっぺんに吹き飛ばしてしまったのが、緞帳前でのお二人の罪のない笑顔でした。(それから、無事復帰し現在は2番手を務めている月城かなとさんがいる今だから素直にそう思えるのだと感じます。)

 ちなみに、ご卒業にあたって美弥さんが珠城さんとの関係性に言及した中で一番刺さった発言はこちらです。

私たちの関係は私たちにしか分からないと思うんですよね。

 『宝塚GRAPH』2019年6月号より

 

「りょうちゃん残って」「一緒に戻りましょう」

さてここからは、緞帳前のわたしが好きなポイントを厳選してお送りします。

 まず、珠城さんが美弥さんの手を引いて現れて二人で肩を組んだ後、珠城さんは何も言わずに美弥さんの後ろをすり抜けて一人で捌けようとします。美弥さんはそれを素早く察知し珠城さんの手を掴んで「だめだよりょうちゃん」と慌てて引き留めます。

珠城さんはたぶん、美弥さんを連れてきて自分は袖に戻るつもりだったんだろうなぁと思います。本気で。でも、美弥さんに引き留められたらそれ以上の押し問答はせずその場に残ります。

逆に今度は、客席に向けて改めて感謝を述べた美弥さんが「りょうちゃん残って」、と珠城さんに場を託して一人で去ろうとします。それに対して珠城さんが「一緒に戻りましょう」と提案すると、美弥さんもそれで納得してその場に残ります。

で?って思いますか?

いやこれ、前述した、緞帳前挨拶はトップスターのみという慣例を理解していると、お二人の細やかな気持ちの交感を感じられてぐっときてしまうんです。相手の心遣いを正しく理解し受け取った上で、相手の立場を思い遣った行動をする、そんな風にして関係を築いてこられたのかなぁと思いを馳せてしまいます。

珠城さんが美弥さんだけを残そうとしたのは花を持たせることに違いないでしょうが、慣例的にはトップスターが去るのはあり得ないことです。美弥さんは珠城さんの立場を思って引き留めたのでしょうし、珠城さんもその心遣いを理解したからこそその場に留まったのではないでしょうか。

そして美弥さんは珠城さんの立場を思って舞台上から退去しようとしたのでしょうし、珠城さんもそれに気付いて「一緒に」の妥協案を思い立って、美弥さんはその気持ちを受け止めます。

全部想像でしかないですが、お二人の間に流れる穏やかで優しい空気がそう思わせます。

 

横向いてる率が高い美弥るりかさん

 緞帳前、せっかくのお客様を目の前にして隣にいる人を見ている率の高い美弥るりかさん。(そして珠城さんに「(私のことは)いいんです、いいんです」とやんわり客席を向くよう促される美弥るりかさん。)(自由)

*4な距離感で❝旦那❞*5が挨拶するのをこぼれそうな笑顔で顔を覗き込む美弥さんに客席は笑ってしまうし、視線を感じすぎて照れてしまう珠城りょうさん。ライブビューイングで見たときからそうだったんですが、「一体何を見せられているんだ……」という気分になって、何もかもがどうでもよくなりますね。

二人で袖に捌けて姿が見えなくなってから響いた美弥さんの「ハハッ!」という軽やかな笑い声が、この公演の本当に最後の締めくくりになりました。

 

これを書いている2020年4月現在、宝塚歌劇団は既に公演中止の只中ではありましたがさらに6月末までの公演中止及び公演スケジュールの見直しを発表しています。これは決して7月以降の再開を意味するものではなく、宝塚に限らずありとあらゆる演劇、アートシーン、文化と生活そのものが先行きの見通せない状態にあります。

本当だったらわたしも、月組大劇場公演初日を控えて大忙し、このタイミングで今回のエントリーも書かなかったでしょうね。まぁそこそころくでもない記事でしたが、残すことになれてよかったです。

誰かに覚えておいて欲しい、幸せな記憶として。

 

 

 

 

*1:成立時期は意外と浅い(※瀬奈じゅんさんの時代だそうです)。

*2:円盤に収録されるのは宝塚大劇場公演の中日、公演終了約1年後にタカラヅカ・スカイ・ステージで放送されるのは東京宝塚劇場千穐楽、と相場が決まっています。

*3:この慣例について自分なりに調べてみたのですが、宝塚歌劇団の公式HPで各組のページを見ると、役職(?)が表示されているのは「トップスター」と「トップ娘役」だけです。公式から就任の発表があるのも前述の2役に加えて「組長」「副組長」のみ、ということを考えると、組織的にはそれ以外の役職はないことになっているのだと理解しました。役職なしの生徒に特別待遇をすることがただのえこひいきになる、といった建前なのかなと推察します。

*4:2020年のホットワードです。

*5:美弥るりかさん談。