Fly me to the Moon

ってタイトル付けて記事書いてしまった(ついに)

桜嵐記〜桜は咲いていたか〜

※副題を変更しました。2021.8.1(旧〜おもかげの花〜)

前回更新したときには既に珠城りょうさんは退団発表*1をされていましたが、それから1年4ヶ月以上が経過した今、退団公演が上演中です。

『桜嵐記』については、もはや思い入れの無い状態で出会ってみたかった作品でもあります。でも思い入れの無い状態で『桜嵐記』に出会ったわたしは、思い入れのある人がこの作品をどう受け止めたのかを絶対に知りたがると思います。なので、思い入れしかないわたしが見た『桜嵐記』のことを、この作品に現れる桜と雪のことを書きます。

 

桜嵐記の雪

『桜嵐記』に於いて紙吹雪で表現されるものは桜と雪です。紙吹雪が舞うとき、書き割りや舞台セットで場面の補強をしてあることが多く、それらをことさら混同させる意図は感じられません。それでもわたしは、『桜嵐記』の桜と雪は夢と現とを分けるもののように思います。

雪が降るのはまず第2場、正行の登場の場面です。弓を放つと張りつめた空気が揺れて枝から雪が零れ落ちるようです。これは天王寺の戦いで史実上でも12月なので写実としての雪と見えます。

次に雪が降っているのは第5場、渡辺橋近くで凍った川に落ちた敵兵を掬い上げ救助している場面で雪がチラついています。これも天王寺の戦いの後ですし、台詞からも真冬ということが分かります。

 

史実との相違

最初に気になっていたのは、タイトルであり主題である「桜」はこの作品で描かれる時系列の中では咲かないことです。

史実上天王寺の戦いは12月にはじまり四條畷の戦いは2月、冒頭の演出にしても、主題歌「冬に咲け 雪に咲け 咲き狂え」とあるのも、上田久美子先生が史実を知らなかったとは考えられず、かと言って「桜」ありきで敢えて季節をずらしたにしては、妙に明確に冬を描いているのです。ですから、矛盾するはずの「桜」と雪が降る季節とを同時に見せたかったのではないかと思いました。

 

桜嵐記の桜

桜を模した紙吹雪が舞う場面は、第12場如意輪寺の庭で桜嵐の中正行と弁内侍がつかの間の逢瀬に身を委ねる場面、第14場四条畷で吹き上げる桜の中正行が一人立ち現れる場面、そして烏帽子を落としざんばらの髪で両手に太刀を掲げて一人戦う場面と、正行の最期の場面です。

東京公演も中日を過ぎた7月下旬から、明らかに紙吹雪の量が増えました。公演日数も残りが少なくなり、紙吹雪の残量配分に余裕が出てきたのかなと思いますが。

『桜嵐記』では紙吹雪が一掃されるような舞台転換がないため、幕開けから雪の紙吹雪も桜の紙吹雪もすべてが舞台上に積もりっぱなしになるのです。

正行の最期の場面ともなれば、舞台上は白色のライトに照らされて一面真っ白になりました。それがまるで一面の雪景色のようでした。正行の亡骸は雪に埋もれて静かに見えなくなっていったのではないか、と思いました。やはり、史実の季節と同じく、ここでも降っていたのは雪ではなかったのか。

 

もののふの花

今回この記事を書くにあたって、ルサンクの脚本を読み直しました。

雪解待ち咲き初む 吉野の花々は

梓弓 帰り来ぬ命のごとく燃ゆ

咲け 咲け 咲け 咲け

もののふの もののふの もののふの花

冬に咲け 雪に咲け 咲き狂え

冒頭正行が歌いますが、この「吉野の花々」とは、そこに生きた命のことではないかと急に気がつきました。だからもののふの花、冬に、雪に咲く花なのだと。

雪が降るはずの季節に降る桜の花々は命のメタファーなのかと考えると、弁内侍の「こんな花は、無数の命が燃え立つように見えます」は、比喩というより、彼女が見たのは命そのものだったのかもしれないと思ったり、ここで降った美しい花々が地に落ちて兵に踏みにじられていったのも、やはり命だったのだと思ったりしました。

 

おもかげの花

第15場出陣式でのカゲコーラス

咲け 咲け 咲け 咲け

おもかげの おもかげの おもかげの花

 おもかげの花は第10場でも弁内侍が口にする歌詞であり、この出陣式が(というよりこの作品自体が)弁内侍の回想に拠っているとすると、「桜」とは弁内侍が見ている夢のようにも思うのです。

史実の季節通り、弁内侍と正行の出会いと別れの中で桜は咲いていなかった。とすると、桜を降らせたのは誰だったか、わたしは弁内侍であったように思います。

正行を失って初めて迎えた春の桜は美しかったのだろうと。正行と共に見たから美しかったのではなくて、正行に出会ったから美しかったのだろうと。

弁内侍は、大切な人を失った後でも春の色を失わなかった、だから40年もの間生きてこられたのではないかと、そうだったらいいなと思いました。

 

桜は咲いていたか

2020年、新型コロナウイルス流行の影響で、宝塚歌劇団の公演スケジュールはすべて延期になりました。『桜嵐記』の本来の公演スケジュールは、宝塚大劇場で11月13日に初日を迎え、東京宝塚劇場で2月14日をもって千穐楽を迎える日程でした。

これは『桜嵐記』で描かれる季節とほぼ同じです。

わたしたちは、愛する人を愛する場所から見送って迎えた春の桜を美しく想ったことでしょう。桜を想うとき、この作品を想ったでしょう。

もしそんなふうにして40年生きたとしたら、『桜嵐記』を満開の桜の中観に行った思い出になったかもしれないなぁと思います。

桜が本当に咲いていたのかどうなのか、それはどうでもいいことのように思います。

 

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*1:2020年3月16日